だいぶ使い古されたテーマではあるが、避けては通れない話でもあるので、一度整理しておこうと思う。
シモンズとシーリー
Simmons は、現代日本において王座にあるブランドである。
1990年代まで覇権を握っていたのはフランスベッドだったが、そのポジションを静かに奪い、現在もその地位は揺らいでいない。
独立したバネが身体の凹凸にフィットするポケットコイル構造。
そのわかりやすさと、高級ホテルでの採用実績がシモンズの強みである。
一方、Sealy は現在、全米でトップシェアを持つブランドの一つであり、日本でも高い知名度を持つ。
日本市場への導入
シモンズは1964年、東京ベッドと組んで日本に進出。
シーリーは1967年にフランスベッドと提携し、さらに1980年代にすずらんベッド工業との関係の中で展開を強化していく。
1968年にはキングコイルも日本ベッドを通じて導入されており、
この時期は海外ブランドが日本市場へ流入した転換期であった。
当時の日本は生活様式が急速に洋式化していく過渡期にあり、
ベッド文化そのものが形成されていくタイミングでもあった。
硬さの時代
1990年代まで、日本市場を支配していたのはフランスベッドである。
高密度連続スプリングという構造的に硬くなりやすいマットレスを背景に、
「日本人には硬いベッドが合う」という価値観が広く浸透していた。
店頭では膝でマットレスを押し、硬さを確かめる光景が当たり前だった時代である。
この環境では、柔らかさや独立性を特徴とするポケットコイルは主流にはなり得なかった。
シモンズはブランド力を持ちながらも、市場の価値観とは必ずしも一致していなかったのである。
転機(1990年代〜)
1990年代、市場が変化し始める中でシモンズは再編の流れに入り、
1996年にニフコの傘下へと入る。
これは寝具メーカー同士の統合ではなく、
ブランド価値を持つ事業として再構築されていく過程だった。
そしてこの資本が、後の展開を大きく後押しすることになる。
シーリーの躍進
1999年、クラウンジュエルが日本に投入される。
硬さが正義とされていた市場に、
“雲の上のような柔らかさ”が突然現れた。
当初は売れないと見られていたが、結果は逆だった。
主な購買層は女性、特に若い世代である。
腰のカーブが大きい体型に対し、厚いクッション層が自然にフィットする。
それまで言語化されていなかった違和感が、初めて解消されたとも言える。
こうしてシーリーは一気に存在感を高めていく。
さらに2000年代に入ると外資系ホテルの進出が続く。
2005年にマンダリンオリエンタル東京、2007年にはリッツ・カールトン東京とペニンシュラ東京が開業。
特にリッツ・カールトン東京での採用は象徴的で、
「ホテルのベッド=シーリー」という印象が広く浸透した。
2006年にはスターンズ&フォスターを投入し、
高級市場においても強い存在感を確立する。
シモンズの逆転
しかし同時期、もう一つの流れが進んでいた。
ウェスティンホテルの「ヘブンリーベッド」を起点に、
シモンズはホテル市場での採用を着実に拡大していく。
マンダリンオリエンタル、ペニンシュラといったラグジュアリーホテルへの展開、
さらにクルーズ船「飛鳥Ⅱ」への採用。
テレビコマーシャルと合わせて、露出は着実に積み上がっていった。
また高級帯ではリュクスが徐々に存在感を高め、
シーリーの領域を侵食していく。
決定的な転換
そして2012年、シーリーは
Tempur-Pedic に買収される。
伝統的なコイルメーカーが、新興のウレタンメーカーに取り込まれる。
その構図はあまりにも衝撃的であった。
この再編は日本の組織体制にも影響を及ぼし、
シーリーは徐々に勢いを失っていく。
一方でシモンズは、販売網とブランド露出を積み重ね、
着実に足場を固めていった。
このタイミングの差が、現在のポジションを分けたとも言える。
結論
ブランドの勝敗は、構造だけで決まるものではない。
タイミングと戦略によって決まる。
現在、両者の立場は逆転し、その差はさらに広がっているようにも見える。
ポケットコイルは当面主流であり続けるだろう。
一方で連結コイルが再び主役に返り咲く可能性は高くない。
たとえ技術的に優れていたとしても、市場は別の論理で動く。
私自身、シーリーが打つべき逆転の一手を考えることがある。
だが今のところ、その答えは見つかっていない。