現場で培った経験則の一つに「客は置けるかどうかは考えるが、そこまで運べるかどうかは考えない」というのがある。
もう少し踏み込んだ言い方をすれば、
客は「入りますか?」と問われた場合、とりあえず「たぶん入ると思います」と答える
多くの場合、購入側は搬入の可否を楽観的に見積もる。
しかし
・戸建て2階or3階にダブル以上
・築古マンションのエレベーターにクイーンサイズ
といった条件の時点で、ベッド業界に身を置く者ならほぼ全員が即答レベルで「まあ…無理だと思いますよ…」と答える筈だ。
もちろん例外はある。
例えば
・吹き抜け構造の階段
・途中に踊り場が無い直線階段
・外部からの吊り上げが可能な立地
といった条件が揃えば、大きなサイズのマットレスを2階へ搬入できる場合もある。
しかし、いわゆる狭小住宅と呼ばれる
1階:駐車場+玄関+洋室1
2階:LDK
3階:洋室2+洋室3
といった構成の場合、搬入条件は一気に厳しくなる。
このタイプの住宅では
・階段の天井高が不足
・階段が曲がっている上に狭い
・絶妙な場所にある照明器具
といった要素が重なり、結果としてシングルサイズ以下しか現実的な選択肢が無いケースも珍しくない。
仮に吊り上げ作業が可能であっても、多くの場合対応できるのは2階までである。
近年は安全基準の関係もあり、3階以上への吊り上げ作業を受けない業者も増えている。
また、マンションの場合は6人乗りエレベーターにはクィーンサイズのマットレスはそのままでは絶対に入らない。9人乗りならクィーンはなんとかなるが、キングは不可能に近い。
つまり、部屋に置けるサイズを検討する以前に
「そこまで運べるかどうか」
を確認しておくことが重要になる。
マットレスは多くの場合、30cm程度の厚さしかなく、またある程度曲げる事が可能な為、幅が問題になる事はほとんど無い。
気にするべきは幅ではなく、高さである。
階段というのは上階の床面積を最大化する為に途中まで天井がある事が多い。だから、マットレスは斜めにして運ぶ。
例えばダブル(幅140cm)のマットレスの場合、その対角線はおよそ240cmになる。
戸建て住宅の階段では、天井高はおおむね210cm前後で設計されている事が多い。
つまり、
マットレスの対角線(240cm)の方が、回転に使える高さ(210cm)よりも大きい
という状況になる。
マットレスは曲がらないため、この時点で十分な回転角度を確保できず、途中で梁や天井に干渉してしまう。
さらに厄介なのは、階段の途中には上階の床を支える梁が現れる事が多く、部分的に天井高が180cm前後、場合によっては150cm台まで下がる事も珍しくない点である。
こうなると、ダブルサイズでさえ回転させる余地がほとんど無くなる。
特に
・3階建て住宅
・ビルトインガレージの上に居室がある間取り
・回り階段
・踊り場が小さい階段
といった条件では、セミダブルでも搬入が難しくなるケースがある。
図面上は問題なさそうに見えても、実際には「途中の一番低い一点」で進めなくなる事が多い。
搬入経路の問題は、部屋の広さよりもむしろ階段の構造によって決まるのである。
エレベーターであれば単純にカゴ内の幅と奥行き、高さ、ドアの高さと幅を測れば搬入の可否は判断できる。
だが、本当にややこしいのは、最終的な判断を販売側に委ねてくるケースである。
「入りますか?」
と聞かれたため、
「難しいと思います」
と答えると、
「でもいけそうな気がするんですよね」
と食い下がる。
では
「お客様のご判断で手配することは可能ですが、搬入不可の場合の責任は負えません」
と伝えると、
「いや、プロの方の判断を聞きたいんですよ」
となる。
つまり
責任は取りたくないが
可能性は残しておきたい
という状態である。
結果として
「難しいと思います」
「でも入りませんかね?」
「難しいと思います」
という会話が繰り返される。
最終的にこちらが「無理」と答えるまで、このやり取りが続く。
しかし実際のところ、搬入可否は希望や印象ではなく、寸法と構造で決まる。
階段幅
天井高さ
踊り場の奥行
手すりの位置
これらの条件によって、物理的に通過できるかどうかはほぼ決まってしまう。
どれだけ「いけそう」と感じても、通らないものは通らない。
物理的制約は交渉に応じてくれないのである。
さて、めでたく(?)搬入不可となってしまった場合、そのマットレスはどうなるのだろうか。
この点について具体的に知っている人は、驚くほど少ない。
答えは
「販売店による」
である。
例えばインターネットで価格の安い店を見つけ、そこで購入したマットレスが搬入不可になった場合、多くのケースでは販売店は対応してくれない。
配送業者は契約通り「指定場所まで搬入を試みる」義務はあるが、建物の構造上どうしても入らない場合、玄関前やマンションのエントランスなど、搬入可能な場所まで運んだ時点で配送完了となる。
そこで引き渡しとなり、その後の対応は購入者側で考えることになる。
会ったこともないオンライン上の顧客に対して、そこから先の解決策まで無償で提供する義務はないからだ。
ではリアル店舗で購入した場合はどうか。
この場合は店舗ごとの判断になるが、多くの場合は何らかの形で引き取り対応をしてくれる可能性が高い。
ただし無料で商品変更に応じてもらえる可能性は高くないと考えておいた方が良い。
理由は単純で、搬入不可となったマットレスはメーカーに返品できないケースが多いからである。
一度出荷された寝具は衛生面の問題もあり、原則として新品として再流通させることが出来ない。
結果として、その商品は販売店側の在庫として残ることになる。
しかし、そもそも搬入不可になったようなサイズの商品は販売対象が限られるため、すぐに次の買い手が見つかるとは限らない。
販売店側には
・保管コスト
・在庫リスク
・値引き販売の可能性
といった負担が発生する。
そのため、サイズ変更やキャンセルに際して一定の費用負担が発生するケースは珍しくない。
これは特別な対応というよりも、一般的な商習慣の範囲である。
つまり、搬入できないサイズを選んでしまうと、想定外のコストが発生する可能性がある、ということだ。
では、仮に物理的にどう考えても搬入は無理
という状況だが、それでもクィーンサイズやキングサイズを使いたい場合はどうすればよいのだろうか。
選択肢は大きく分けて2つになる。
圧縮タイプ
もしくは
分割タイプ
である。
圧縮タイプは、完成したマットレスを機械で強くプレスし、真空状態で薄く圧縮したうえでロール状に巻いたものだ。
箱に入った状態では非常にコンパクトなため、搬入経路で問題になることはほとんどない。
ただし問題は搬出時である。
一度開封して復元したマットレスは、元のように圧縮することが出来ない。
つまり搬入は簡単だが、引っ越し時の搬出は通常の大型マットレスと同じ難易度になる
という点は理解しておく必要がある。
また、このタイプの多くは無名ブランドのOEM製品であることが多く、耐久性については実績の蓄積が少ない。
その意味ではマニフレックスのように、ノンスプリング構造で長年の販売実績があるブランドを選ぶという考え方もあるだろう。
もう一つの方法が分割タイプである。
マットレス本体が左右2枚に分かれている構造で、それぞれのサイズはシングルよりも小さくなる。
そのため搬入・搬出の難易度は大きく下がる。
構造的に最も現実的な解決策と言える。
ただし分割タイプには中央の継ぎ目が気になる、という問題がある。
就寝中にちょうど体の中心に境い目が来てしまうと、違和感を覚えるケースもある。
この問題を解決する方法として設計されている代表例が
サータのスイート7.7 リムーバブル1トップ
である。
ベースとなるマットレス部分は2分割構造になっているが、その上に厚みのあるピロートップをファスナーで連結する構造となっている。
このピロートップが中央部分の段差や硬さの差を吸収することで、分割構造でありながら一体型に近い寝心地を実現している。
搬入性と寝心地を両立させた、非常に合理的な設計と言えるだろう。
9人乗りエレベーターにキングサイズをどうしても入れたい場合には、東京ベッド の Vキャリー構造 を利用するという選択肢もある。
これはマットレス内部のフレーム(外周構造)を二分割し、中央部分で折りたためるようにした構造である。
通常、キングサイズ(幅194cm前後・厚さ25cm程度)のマットレスは、そのままではエレベーターに収まらないケースが多い。
しかしVキャリー構造であれば、搬入時のみ二つ折りにすることができ、
幅約100cm・厚さ約80cm程度
までコンパクトにすることが可能となる。※
これにより、一般的な9人乗りエレベーターでも搬入できる可能性が高くなる。
もちろん完全に自由に折り曲げられるわけではなく、構造上あらかじめ想定された範囲でのみ可動する設計となっているため、寝心地や耐久性に極端な影響が出ないよう配慮されている。
キングサイズを検討する際には、搬入経路の制約をクリアするための現実的な選択肢の一つと言えるだろう。
※実際のサイズは販売店経由で要確認